塩竈について

宮城県のほぼ中央にあり、仙台市と日本三景として知られる松島の中間に位置しています。仙塩地区の中心の1つとなっています。太平洋の仙台湾に面し、塩釜港を中心とする港町および志波彦神社・鹽竈神社の鳥居前町として発展してきました。
 
 桂島、野々島、寒風沢島、朴島からなる浦戸諸島も自然に溢れ、市内から観光船にて巡ることが出来ます。
 
 塩釜みなと祭は毎年7月第3月曜日(海の日)に実施されるお祭りです。日本三大船祭りとして有名です。港町として栄える塩釜の経済発展と、戦後の疲弊した市民の元気回復を祈願し1948年から開始しています。夏の始まりを知らせるお祭りとして地元の塩釜市民を始め、他県の皆さんにも親しまれています。


「塩竈」の由来


 宮城県塩釜市の御釜神社(塩釜市本町)の境内、通りに面したところに神社の由来を示す看板があります。「塩竈市名発祥の地」「日本製塩起源の地」と併記されていて、東北の一宮として知られる鹽竈神社の境内外の末社の一つとなっています。
 
 発祥の由来は、古くから神社に祀られている「御釜」や「神釜」と呼ばれており、四つの鉄製の釜があり、塩土老翁神(しおつちおぢのかみ)が海水を煮立てて塩を精製する方法を伝えた伝説があります。塩釜市の市名の発祥としているようです。
 
現在でも毎年7月に塩釜神社の例大祭に用いられる塩を作る「藻塩焼」の神事が行われています。

 

歴史

 塩釜は昔の時代から製塩の地として栄えました。
724年に陸奥の国府多賀城が築かれた際、その港町「国府津」として開かれました。
平安時代になると塩釜の景観が和歌や枕詞に登場するようになります。鹽竈神社は1200年以上の歴史を有しています。
 

伊達藩の台所


江戸時代になると、伊達政宗公により鹽竈神社を建立しました。
歴代の藩主も鹽竈神社を手厚く保護しました。そのため、鹽竈神社は大いに栄えました。
また、塩釜は仙台藩の外港として発展していましたが、塩釜から仙台まで舟入堀と舟曳堀が引かれて物資が塩釜を素通りするようになると衰微しかけました。
鹽竈神社を尊崇する4代目藩主伊達綱村公により塩釜から課役を免除し、米以外の産物を塩釜への着岸を義務付けました。
これにより塩釜は活気を取り戻しました。

 

塩釜港に水揚げされる海産物

世界四大漁場の一つ、三陸沖をかかえる塩釜港は遠洋、近海でとれた新鮮な魚が豊富に水揚げされます。塩釜で水揚高が多いのは、マグロ類、たら、かつお、かれい類などです。
 
とりわけ、生マグロは日本一の水揚高を誇ります。5月から8月の夏漁期にかけては本マグロの大群が金華山沖に北上し、連日大量の水揚でにぎわいます。夏場には活穴子も水揚げされます。活きが良く、脂の乗った地場物の活穴子が有名です。

 

東日本大震災

 塩釜水産物仲卸市場は幸いにも沖の島嶼群により津波の直接の被害を免れることが出来ましたが、市場を再開するのに1ヵ月程を有しました。徐々に各店舗にお客様の明るい声や笑顔が溢れ、活気がある元の塩釜水産物仲卸市場が戻ってきました。
 震災後は、海外からのお客様の来店が増えています。塩釜の美味しい水産物がこれを機会に増えていくことを願っています。